空間をカウントする?それともしない?

もちろん人によっても違うのでしょうが、外国の友人と接していると感覚の違いを感じる事が多いです。

 例えば器の選び方です。大皿料理を作ると、彼らが選ぶお皿は、いつも私の選ぶ物より格段に小さいのです。お皿一杯料理が盛り付けられる事になって、溢れんばかりです。私からするとちっとも美味しそうに見えないのですが、私が大きめのお皿にちんまりと盛ると、何だか寂しいねとなります。

 コーヒーもそうです。私は縁からコーヒーまでの間隔が欲しい、でも彼らはこぼれんばかりになみなみとつぎます。
 私の友人だけかと思いきや、レストランでも料理が山盛りてんこ盛り、時には皿からはみ出さんばかり、コーヒーはよくこぼさずここまで運んできたと思うほど、カップの縁ギリギリに注がれてきます。

 そう言えば日本画にも習字にも程よく描かれていない空間がありますが、洋画は油絵具で厚く塗りつぶしているイメージがあります。これも空間への感覚の違いによるものなのでしょうか。友人が著名人の絵入り色紙を「未完成」と言った時には絶句しました。
 私たちは、空間も含めて全体が完成品であり全体量と見る事が多いのですが、彼らにとって空間はから、そして未完成箇所なのかもしれません。

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